血管内治療と私
                    Clinica E.T.奥野哲治

1. はじめに
 1978年、長野県の佐久総合病院という病院で医師の研修をはじめた私は、その年に偶然そこで血管内治療と出会いました。広範に転移したがん患者さんの血管内治療を担当し、なくなられた方の病理解剖や許可を頂いた方の病巣の血管解剖をへて、がんが進行するには新たな血管の変化がかならず生じる事を学びました。当時、Folkmannn J.のtumor angiogenesis theory(腫瘍血管新生説)が提唱されはじめ、進行したがん組織の進展には正常血管から引き込まれた腫瘍血管の形成が不可欠とする考えに意を強くし、その後の26年間、がんの治療を栄養血管のコントロールにより行う事のきっかけとなりました。また、異常な血管の生じる他の病変、血管奇形や血行障害などにも、注目することになりました。

2. 血管内治療のキーポイント
写真1頭皮の扁平上皮がん(82歳、女性)

 写真1は1987年、足利赤十字病院に勤務していた時に経験した頭皮の扁平上皮癌の患者さん(当時82歳)の患部のものです。脳外科と皮膚科で2回手術がなされました。ところが手術して2週間もすると、同じ場所に同じような大きさのがんが再発するのです。そこで相談を受け、がんの栄養血管を調べてみました(写真2)。通常ですと、血管撮影の右の写真の浅側頭動脈から皮膚のがんは栄養を受けますが、この患者さんでは浅側頭動脈には異常はみられず、がんは血管撮影(左)のように頭蓋骨の内側の硬膜動脈から栄養されていたのです。

写真2 上記扁平上皮がんの栄養血管     写真3骨の下から皮膚がんをささえる腫瘍血管

          

腫瘍血管を接線方向にみると、写真3のように腫瘍血管がもやもやと骨の中から皮膚の方向にたちのぼり、がんをささえているのが分かります。2回の手術で骨の外側をきれいに取り除いても、腫瘍を支持する血管は骨の下から生じていて再発をくりかえしていたのです。この患者さんには、ジェルフォームパウダー(メチルセルロース)という植物性タンパク質の粒子(径40ミクロン)を用いて腫瘍血管を塞栓し治療しました。写真4は、5年後患者さんが脳梗塞で倒れ再び入院された時のものです。病巣は5年たっても再発せずきれいに治癒していました。このように腫瘍血管の血流を正確にコントロールできれば、がんをコントロールできる可能性を示しています。

写真4 82歳女性の5年後の病巣         写真5 腺様嚢胞がん

           

写真5は、別の患者さんで1988年に私の所に治療にこられました。舌の真中から生じた腺様嚢胞がんという病気がみられます。このがんは経過が比較的長く、しかしながら再発傾向がつよい特徴があり、この患者さんも20年近く前に放射線治療を受けられて同じ場所に再発がみられました。

写真6 治療3日後に腫瘍が縮小

写真6は両側の舌動脈から、ジェルフォームパウダー とアドリアマイシンのエマルジョンをもちいた塞栓治療を行い、3日後に撮った写真です。腫瘍 の縮小がみられます。

写真7ー1(血管内治療前)      写真7ー2(血管内治療3日後)

        

同じ部位で組織を採取し、治療前と3日後で比較しますと、写真7のようにがんを構成する胞巣の形は保たれ細胞の輪郭はみられますが、写真7ー1ではっきりみられる紫色の核についてはピンク色に変り変色しています。これは急速に生じた虚血による凝固壊死ががん組織に起こった所見です。このように的確に腫瘍血管の血流をコントロールできると、その上に支えられたがんの実質にも明らかな組織への効果を与える事が出来ることを示しています。
したがって、血管内治療のキーポイントは

1)いかに選択的に腫瘍血管のみの血流をコントローするか
2) 腫瘍血管の血流変化によりどんな効果をがんにあたえるか という事になります。また、そのためには
a) がん組織の栄養血管の動的な解剖の知識
b) 微小血管レベルで腫瘍血管のみに作用する物質の探求
が不可欠と考えられます。私の血管内治療の歴史もこの2点に集中して進んできています。

3. 治療に用いた抗腫瘍血管物質の変遷
 腫瘍血管をいかに選択的に血流低下させるかが治療の成功にかかってくる事がお分かりいただけたと思います。1978年から1996年までは、腫瘍血管の内腔を閉塞する事を目的に腫瘍血管の径に合わせ、 30〜40ミクロンの粒子であるジェルフォームパウダーやそれよりやや大きいアビテン(マイクロフィブリラーコラーゲン)をもちいていました。これらの物質は壊死効果も強いですが、粒子であり注入された血管内で凝集し、もっと大きい径のレベルの血管まで閉塞する事もあり安全域が狭く、血流の多い限られた腫瘍にしか用いられませんでした。
 乳癌や肺癌などから脊椎骨へ転移した患者さんが多く来られるようになり、QOL(生活の質)の改善のため、これら神経栄養血管の共通分岐する部位の治療を安全に行うことが必要となってきました。1996年、溶骨性の骨腫瘍の血管内治療に併用した事を契機にビスフォスフォン酸である アレディアの溶液に腫瘍血管の血流低下作用のある事を発見しました。この頃から、腫瘍血管内皮の緻密接合やデスモゾームに作用し、腫瘍の血流を低下させる物質を見いだすべく併用効果が期待される薬剤の中から、ph、粘度、浸透圧の適切なものを選び、患者さんの同意を得て腫瘍血管の血流変化をみつつ、治療のなかで探していくという作業を続けていきました。その結果、ピシバニール、ミノマイシン、ブレオマイシン、ガンマインターフェロン、グリセオール、ハーセプチンなどが少量で選択的に腫瘍血管のみに血流低下を起こす事を見い出しました。
これらを疾患、部位、腫瘍血管の血流速度などにより、組み合わせ治療する事により、血管内治療を広範囲に適用する事が可能となりました。

(2) ピシバニールで治療した肝臓癌多発性肺転移

(写真9)

1999.3.10. 血管内治療前  1999.4.28. 治療後50日

C型肝炎ウィルスによる肝硬変,肝癌の治療後、肺転移を多発してみとめた患者さん。担当されていた病院では「もう治療方法がない」といわれ当院を受診されました。ピシバニール5単位を両側の気管支動脈、下横隔膜動脈から注入し治療したところ、50日後には殆どの肺転移の結節が消失し、その後1年間肝不全にて亡くなられるまで肺転移の再燃はみられませんでした。

(3) アレディア注入による腎癌の多発肋骨転移の塞栓治療
1998年6月、患者さんは腎臓癌が転移した肋骨の痛みがつよく、血管内治療に来られました。

写真10 腎がんの肋骨への多発転移

腎癌の肋骨への多発転移により、胸壁に溶骨性の転移腫瘍がみられ(写真10)、痛みがつよく画家の仕事をされていましたが、痛みのために仕事を中断せざるを得ない状況でした。数本の肋間動脈から順次1本の栄養血管について5-6mg のアレディア溶液を注入し治療しています。

写真11 治療後、肋骨の溶骨性の転移腫瘍は骨化・縮小し血流も低下

1999年5月には、写真11のように肋骨の溶骨性の転移腫瘍は骨化し縮小して、血流も低下しています。患者さんはこの間、痛みも減り、沢山の作品を創られました。このようにピシバニールやアレディアなどの溶液性の薬剤の栄養血管への注入により、脊椎転移や肋骨の転移も脊髄への虚血などの副作用を生じることなく治療することが可能となったのです。

(4)ジェムザール-グリチルリチン酸

 2002年、日帰りでの血管内治療を安全におこなうため、治療後の発熱や悪寒などの少ないより安全な血管内治療物質の探求が続けられていました。慢性肝炎などの肝機能の改善に用いられる強力ミノファーゲンC(グリチルリチン酸とグリシン)はテルペノイドであり、抗酸化作用をもっており、以前から注目していました。転移性肝癌の患者さんの動注に併用して腫瘍血管への作用をみていましたが、相当大量投与しないと単独では血流低下作用は弱いため、抗腫瘍血管物質としては考えていませんでした。
ジェムザールの動注を行う際に、おそらくph 調整の目的で偶然、強力ミノファーゲンCでジェムザールを溶解したと思われますが、粘稠なゲル状のエマルジョンが生じました。早速、粘度を測定してみますと、このG-G エマルジョンは水の8〜13倍の粘度を持っていました。この粘性の生じた原因として二つの薬剤(ジェムザールとグリチルリチン酸)のある程度の大きさの会合体ができている可能性を考え、東京理科大学応用化学教室に依頼し、この懸濁液の会合体の大きさと均一性をレーザー散乱を用いた方法で測定してもらったのです。
そうすると、ブレオマイシンを加えた組み合わせ(GBG)では、会合体の平均粒子径は均一で118.9ナノメートルでした。そのほかの組み合わせについても同様に測定し、均一な80〜160nanometerの薬剤会合体が生じている事がわかりました。また、これを生理食塩水で5倍に希釈した状態で、実際、血液中にカテーテルから放出されたことを想定し、その粒子の大きさを測定しました。すると120〜220ナノメーター と希釈により大きさが膨らむ事もわかりました。これは赤血球の80〜100分の1の大きさに相当する薬剤を得た事となり、これらを腫瘍血管内に注入し観察する事により、腫瘍血管選択性の血流低下作用がこの薬剤にある事を見出しました。こうして2002年以降の主力の抗腫瘍血管物質が開発されました。

(5) G-G エマルジョンを用いた治療成績

G-Gエマルジョンは、腫瘍血管へ注入されると血管内皮細胞間の隙間から、がん組織そのものへしみ込む事が予想されます。正常血管では血管内皮間の隙間は狭く、薬剤会合体の逸脱は生じません。この事から腫瘍血流のみが低下するものと考えられます。より副作用の少ない血管内治療薬を得て、2002年7月11日から使用開始されました。2004年11月25日までの868日間に、781名のがん患者さんに2440件の血管内治療が行われました。新たに治療を開始した患者さん425名に1343件の治療をおこなっています。このうち G・Gエマルジョンが使用され、治療後の画像診断による効果評価は319名、777件で可能でした。

写真12ー1肺扁平上皮がん治療中の左気管支動脈   写真12ー2治療後もやもやした腫瘍血管が消失

              

写真12ー1は、肺扁平上皮がん IV期の患者さんの治療中の左気管支動脈像です。G-Gエマルジョン を注入する事により、腫瘍血管のもやもやした陰影が消失しています(写真12ー2)。

治療前(左),および3か月後(右)のMRI ですが、肺内の病変は半分以下となり、呼吸苦も軽快しています。当初みられた呼吸苦は携帯酸素の吸入を必要としていましたが、治療後かなり改善し酸素吸入は不要となりました。

表1 対象患者さん319名の内訳

疾患
症例数
治療件数
頭頚部がん
23
43
食道がん
11
21
胃がん
23
45
大腸がん
48
106
肝がん
13
27
胆嚢・胆管がん
4
9
十二指腸・膵がん
20
43
肺・縦隔がん
44
91
乳がん
86
275
子宮頸部・体部がん
7
16
卵巣がん
16
52
前立腺がん
4
7
腎臓がん
2
3
腎盂・尿管・膀胱がん
4
8
その他
14
31
319
777

 表1は、対象患者さん319名,777件の血管内治療についてその基礎疾患をみたものです。これらの患者さんを病期について分けてみると、I 期5(0,6%)、II 期24件(3.1%)、III 期59件(7.6%)、IV 期689件(88.7%)と転移を持った患者さんが 90%を占めている事が分かります。
この777件の血管内治療の効果を1件ごとに1か月後の画像評価にて大きさの縮小効果により、25%以上縮小がみられた場合をMR, 50 %以上の縮小が得られた場合をPR, 完全に消失した時CR, 不変をNC, 増悪をPDと評価したところ、MR以上の効果が得られた有効例は229件(29.5%)、無効例548件(70.5%)でした。おおよそ30%の確率で1回ごとに25%以上の大きさの縮小が得られたという事です。疾患別に有効率をみると、肺がんで25%、乳がん40%、頭頸部がん30%、食道がん30%、大腸がん13%でした。病期別にみると全体では IV期26%、IV期以外57%と統計的に有意に効果に違いがみられます。転移がある患者さんよりむしろ、原発巣の治療がより効果が出やすい事が当然ながら示されています。また、 III B期ないし IV期であっても肺がんでは3回以上継続して治療した場合には52%の症例で25%以上の大きさの縮小がみられ、平均202日間その効果が持続する事もわかりました。乳がんでは病期別効果はもっと顕著であり、 IV期以外では75%で1回毎に有効な縮小効果が得られ、 IV期では33%にしかみられず有意に違いがみられます。
また、III 期ないし IV期であっても3回以上継続し治療すると縮小効果は67%にみられ、その効果持続時間も平均246日に及びます。当院で治療をうけられるおおよそ90%の患者さんが転移を有する IV期のかたであり、この2年間の IV期の患者さんの血管内治療後の平均生存期間をカプラン-マイヤー法により検討したところ、以下の結果でした。

表2IV期再発転移がん(肺,乳腺,頭頸部,直腸・大腸,胃)のカプラン-マイヤー法による治療後の平均生存期間      

疾患
治療後
1年生存率

2年生存率
発症からの50% 生存推定値(日/標準誤差)
乳がん(71例)
68.6%
49.4%
4632/1694.1
直腸・大腸がん(47例)
54.3%
18.1%
2719/732.4
肺がん(33例)
35.6%
26.7%
946/160.9
胃がん(23例)
16.9%
0%
1191/743.2
頭頸部がん(20例)
43.2%
NA
1882/623.4

この結果をどう見るか難しいですが、肝転移,肺転移、骨転移、など複数箇所に多数の転移がある方が多いと考えますと、ある程度日帰りの外来ベースでこれらの治療が行われており、たとえば大腸がんでは、50%以上の患者さんが1年をこえて治療に来られ、肺がんでは4分の1以上の方が2年をこえて治療に来られていることは患者さん、ご家族の努力のたまものであり、治療の意義もあるものと考えたいと思います。さらに新しい治療の工夫とともに、血管内治療の今後の課題として、乳がんや食道がん,膵がん、肝臓がん、腎臓がんなど,原発巣についても早期の段階から組み入れてより高い効果を得る事により治癒率の向上やQOLの改善に寄与する事も念頭に研究をすすめたいと考えています。

皆様のご理解、ご協力をいただき、今後増加が予想されるがんの治療の一翼を担えることを念じ筆をおきたいと思います。

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